お心肥(おしんこやし)

お心肥は、江戸しぐさの神髄とも言える言葉です。

人間は欲の塊の生き物。
ついついおいしい物を食べることに気が行って、体を肥やしてしまいがちです。

お心肥は、体を肥やすのではなく、
心を豊かにして、学問を学び、人格を磨きなさいという言葉。

学問もを学ぶということも、ただ書物を読んで知識を付けるのではなく、
実際に自分で体験し、考えることが大事だと教えています。

江戸の子育てしぐさでも、トレーニングを重視し、
寺子屋ではロールプレイングをしたり、
今でいう理科の観察・実験なども行っていました。
また、人の心がわかる人間を作ることを目標の一つにしていました。

江戸は元々、地方から人が寄せ集まってできた都市。
文化も習慣も違う人々が、争うことなく生活していくためには、
『他人を思いやる』『街のためになることをする』
といった気持が大事だったのでしょうね。

江戸っ子は、面倒見がよい、世話好き、といったイメージを
時代劇などからも受けますが、
幼い頃から、お心肥の教えを身につけさせられていたからこそだと思います。

江戸しぐさというと、皆さんが思い描く傘かしげや、こぶし腰浮かせも、
このお心肥のしぐさから、生まれてきたのでしょう。

形だけではなく、心をこめて江戸しぐさを行いたいものです。

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人間は互角の付き合いが基本

人間は「にんげん」ではなく「じんかん」と読みます。

文字通り、人の間、
人と人には良い間合い(=関係)が大切で、人は一人では生きていけないことを表しています。

江戸の町方(町人)は見知らぬ人でも皆、仏様の化身と考えて、お互い対等に付き合うことが基本となっていました。

また、いくら対等な付き合いといっても「親しき仲にも礼儀あり」と、プライバシーも大切に考えていました。

子供やお年寄りを大切にし、文字が読めない人には口伝で、みんながコミュニケーションをとりつつ、共生していくことを実践していました。

江戸の町方の間には「講」という相互扶助会のようなものがありました。
講は江戸の町を住みよくするために、何をしたらよいか話し合い、実行する会です。
たとえば、銭湯がすべて同じ日に休まないよう調整するというような、
消費者と商人両方の利益につながる配慮をする。

現代では、消費者よりも企業が得をするような感じがしますが、
江戸では中をとって、お互いが不利益にならないよう、対等になるような考え方で、
さまざまなルールが決められていたようです。

「お互い様」もこの辺の考えから出てきた言葉なんでしょうね。

大店のご主人も、大工の熊さんもお互い人と人。
そこに上下関係はありません。

人間(じんかん)は互角の付き合いが基本

勝ち組も負け組もない良い言葉です。

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死んだらごめん

死んだらごめん、という言葉から、江戸っ子にとって約束を守ることがとても大事だったということがわかります。

あなたも指切りげんまんの唄はご存じですよね。

指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲~ます♪

実はこのあとに、
死んだらご~めん
と続きます。

江戸っ子にとっては、約束を守ることは人間としての最低条件。
どんなに小さい約束でも、口約束でも、約束約束
それを破るのは、ご法度です。
誰からも信用してもらえなくなくなります。

それでも、どうしても守れないときが誰しもあります。
それが、自分が死んだときです。

ですので、死んだらごめんと言います。


指切りげんまんの唄は子どもに約束の大切さを教えるための唄でした。


それに比べて、現代の私たちの社会はどうでしょう?

政治家にこそ約束(公約)は守ってほしいものですが、
破るのは当たり前みたいな状況です。
「あれは、公約と言えるほどのものではないのじゃあ。。。」
「大きい公約の前には小さい公約なんて。。。」

がっかりですね。

公約でさえそんな状態ですから、口約束なんて、約束のうちには入りません。
証拠がなければ成立しないのですから。

そう考えると、当時の江戸っ子のまじめさ、几帳面さがうかがい知れますね。

どんな約束でも、死んだとき以外は必ず約束を守る。

死んだらごめん

なんとも頼もしいです。
江戸っ子の心意気、天晴れです♪

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