江戸しぐさの誕生

江戸は、徳川家康が江戸幕府を開いてから100年もしないうちに、
日本全国から人が押し寄せ、人口100万人の大都市に生まれ変わりました。

江戸には元々江戸に住んでいる町民と、大名の江戸屋敷に住む武士、地方から江戸へ移り住んだ町人など、さまざまな人が生活をしていました。
国の違い、身分の違いで文化が異なります。
江戸は異文化が共生している町でした。

文化が異なる人々が密集して住んでいる。
当然、そこには諍いが生じます。

江戸町人のリーダーである町衆は、江戸が争いやいじまが起きない平和な町になるよう、
異文化の人々が仲良く強制していけるよう、
知恵を絞りました。

そのために、自分たちが模範となって、
相互扶助、共生の心構えを行動に映していきました。

そして、その行動をみんなが真似るようになり、
やがて行動せずにはいられない江戸っ子の癖となっていきました。

その江戸っ子の癖が江戸しぐさとなりました。

江戸しぐさは、相互扶助、共生の精神が根底にあります。
ここでの共生とは、自立した人々がお互い対等に付き合えることを言います。

江戸しぐさを始めに考えだした町衆とは、商人たちです。
なので、江戸しぐさは元々、「繁盛しぐさ」とか「商人(あきんど)しぐさ」と呼ばれていました。
そのため、江戸しぐさは商売のためのものと誤解する方もいらっしゃいます。

でも、商売の基本は人づきあい。
商売繁盛とは、人づきあいがうまくいって初めてもたらされるものです。

江戸の商人たちは、良い人間関係が築けるよう、考え、勉強し、江戸しぐさを作り上げました。
ですので、江戸しぐさはすべての人のための、良い人づきあいができるための基本ノウハウといえます。

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